院長ブログ

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来たーれ!富山(1)



ものぐさしていて、しばらくブログをさぼっていました。

10月の連休を利用して娘夫婦がいる富山に遊びに行って来ました。富山というと西日本の人間にとっては

あまり馴染みがありません。ボクも20年以上前に学会で一度行ったことがありますが、その時はほとんど

とんぼ帰りだったので、ほとんど記憶がありません。富山にいる娘に聞いたら、向こうの人も鳥取のことはほとんど

知らないようなので、いい勝負です。

さて、富山ですがとってもよかったです。富山を満喫しました。「富山」と名乗るだけあって山が素晴らしかった。

今回は時間がなかったので、黒部峡谷と立山にしか行けなかったですが、ここがとてもよかったです。

                          黒部峡谷 トロッコ電車


黒部峡谷を縫うように走るトロッコ電車です。これは、宇奈月温泉から出て20kmあまりの黒部峡谷を80分ほどかけて

のんびりと走るトロッコのような電車で前の車両はオープンになっていて景色を堪能できます。このトロッコ電車ですが、

最初は黒部峡谷にダムを造るための資材運搬用のものだったそうです。

この日は連休中とあって人で一杯でした。まだ、紅葉にはちょっと早かったのが残念でしたが、

そこから見る黒部峡谷の景色は絶品でした。

 

   


この吊り橋はなんと猿用のものだそうです。実際、あちこちで野生の日本猿を見かけました。

川の水が紺碧でした。石灰成分が多いから?

 


黒部川上流 

渓谷という言葉がぴったりです。

 


黒部川・猿飛にて

ここの由来は、猿が飛んで川を渡れる位の狭さから来ているそうでした。

川の水はとっても冷たく、空気はひんやりとしていてリフレッシュできました。


 宇奈月温泉

トロッコ列車の始発駅です。

富山から車で行くと、何にもない山中に突如として温泉が現れました。

山あいの静かな温泉です。

東日本大震災・災害派遣



東日本大震災の惨状をみると同じ日本人としてどなたも自分もなんとかしたい、自分にもなにかできることがないのかと思われる

はずです。

ボクたちも日本医師会の要請を受けて、JMATという各都道府県単位の医療ボランティアを継続して派遣することになりました。

その鳥取県の第2派のメンバーとして、4月8日朝に辻田耳鼻科の医療事務の牧田が宮城県・石巻市へ出発しました。

ちょうど前夜には震度6強という余震が起きて、少し不安な面もありましたが、メンバーはその日の午後に石巻市に入り

さっそくミーティングに参加したようです。

写真は米子空港でのものです。右が事務の牧田です。他の二人は米子市の開業医の先生方です。他にも鳥取組が3名いて

羽田空港で合流して総勢6名のメンバーとなりました。彼らはボランティアですから、当地では自己完結型となります。

寝袋持参で水、食料も持参です。ゴミも持って帰ります。

ただし、被災地は日々刻々と復興しているようで、直前に行った第1派の時には宿舎となる石巻医師会館は電気は復旧して

ましたが、トイレはまだ使えませんでした。でも情報によればトイレも使えるようになったようです。

これだけでもかなりストレスが減ります。

メンバーは今日から正味3日間の医療支援活動を行います。留守番のボクからすれば、少し羨ましく思えます。

ところで石巻市ですが、鳥取県はここを重点的に支援していていろんな方面から援助が入っています。

それまではこの石巻市という存在すらも頭になかったのですが、急に身近な存在となりました。人口も16万ほどで

米子市とほぼ同じ規模です。米子市が同じ津波に襲われたらおそらく同じように壊滅的な被害となったでしょう。

一方では命も家も仕事もなくして、また一方では何事もなく毎日過ごしている。この差は一体何なのだろうと思ってしまいます。

自分自身は生きてるんじゃなくて、生かされてるだけなんだと。

調べたら石巻市には耳鼻科医院が6軒ありました。米子市も同じ6軒です。当然見ず知らずの方ですが、

一体今どうされているのか心配です。現地での活動報告が入ったらまたお知らせします。

 

 

花粉症



花粉症の季節になりました。花粉症を持っておられる方にとっては実にいやな季節になったと思います。

今回は中海テレビさんからその花粉症についての取材を受けました。放送は2月16日です。写真はその撮影風景です。

やっぱり、カメラを前にすると緊張してしまいます。

さて、今年の花粉症ですが、

ニュースなどでは今年は例年の5倍、いや10倍は花粉が飛ぶのではとさかんに言っていますが、それは関東や東海地方の

ことでここ山陰での予測ではほぼ例年並みだそうです。だから意識過剰になる必要はありませんが、昨年が少なすぎたので

それからすると多いのには間違いありませんから、対策は十分にたててください。

対策と言っても困るかと思いますが、外出する際の帽子、メガネ、マスクなどでもかなりの効果があります。

メガネは、ゴーグルみたいな花粉症用のメガネもありますが、普通のメガネだけでも3分の1位には花粉をおさえることができます。

また、コンタクトレンズを使用しているとこれによる刺激がアレルギーを増幅させるためこの季節だけはメガネにかえるのをお勧めします。

マスクですが、花粉の大きさは30ミクロン位でこれはかなり大きいですから、目の細かさはあまり重要ではありません。

目が細かすぎるとかえって通気性が悪くなり、顔との隙間から流れ込む空気の量が多くなり侵入する花粉の量が逆に多くなってしまいます。

花粉症にあったマスクを探すなら、顔にフィットして息がしやすいものがいいでしょう。

それと大事なのがやはり日頃の健康管理です、特に睡眠が大切で睡眠不足になると体の免疫力が落ちてしまいますので、

わかりきったことですが規則正しい生活が一番の基本になります。ところが、花粉症で鼻が詰まってよく眠れなくなり

悪循環に陥ってしまいますので、その時は薬の助けが必要です。

スギの花粉症は3月でほぼ終わりますが、このあとヒノキの花粉症が始まります。スギとヒノキは仲間なので

やっかいなことに抗原が似ていてスギの花粉症の人はほぼ間違いなくヒノキの花粉症にもなり、またヒノキは

関東より中国地方などが多いので結局花粉症のシーズンは5月の連休頃まで続いてしまいます。

今のところはまだ花粉症そのものを治す薬はありません。研究は進んでいますがまだまだ先のようです。

とにかくうまく付き合って行くしかないですね。

元日から大雪

遅くなりましたが、新年おめでとうございます。

米子は元日から大雪でした。以前にも何回か大雪になった記憶がありますが、今回は一晩でドカッと1m近く降ったもの

ですから、朝起きてみてビックリでした。それも風もなくそれほど気温が低くはなかったので、水分をたっぷり含んだ

ボタン雪がそれこそ音もなくしんしんと降り積もったようです。


雪ですっぽり埋まってしまった娘の車の救出作業中です。車の全容がわかるまで1時間ほどかかりました。

この後家のガレージの雪下ろし、道路の雪かきとこの日はずっと雪かきで、もうヘトヘトになりました。

おまけに雪のために鉄塔が倒れて夕方まで停電となりテレビも見れず、当然この雪で交通機関も

マヒしていましたので、新聞も年賀状も来ず新年早々ちょっと気が重かったのですが、

それでも携帯ラジオを聞けましたし、ガスも水道も出ていましたし家はストーブは昔ながらの

石油ストーブを使っていますので、それほどストレスにはならなかったです。近所の人に聞くと

オール電化の家はとても困られていたようです。やっぱり、文明の脆さを痛感しました。

一つに頼ってしまうのも考えものです。それと今回はおせち料理があったために食糧にも困りませんでした。

あらためて正月のおせち料理の意義を再認識させれました。


雪に埋まった車と家です。ガレージの中でもこの有様です。実際に車を動かせるようになったのは4日後でした。


 

 

もうこんな経験は味わえないにだろうから、記念に写真撮りました。犬のゴロウくんは雪で大喜びで、

深い雪の中でもラッセル車のように勇んで散歩に出かけたものですから、

後から付いて行ったこっちは雪まみれになりもう疲れはてました。

結局、どんなに雪があっても日課の散歩は欠かさなかったです。

こんな訳で今年の正月3が日はずっと雪かきで終わりました。

4日に診療を開始すると、雪かきで疲れて体を壊したり、風邪をひいて

熱を出したりされた方がたくさん来られて、どなたもこの雪で苦労されたんだなあ。と実感しました。

ということで、今年もよろしくお願いします。

中海テレビCM撮影



 中海放送ではガイナーレ鳥取のJ2昇格を記念して12月18日から年末まで、特別番組が組まれることになりました。

辻田耳鼻咽喉科もそこでのCMの依頼を受けて、たったの15秒ですが、CMを出すことになりました。

その中でスタッフ一同が出演するシーンが5秒間だけあり、その撮影が行われました。

セリフは、

「ガイナーレ鳥取!優勝おめでとう! J2でも、ガンバレ!」

たったこれだけでした。

写真は最後の「ガンバレ!!」と叫んでいるシーンです。ボクが一番盛り上がっていて、職員たちはすこし照れくさそうです。

まるでアニマル浜口と京子ちゃん親子のようです。

どんなCMになってるか楽しみだなあ。

看護学校戴帽式



今、辻田耳鼻咽喉科には看護学校の学生さんたちが実習に来ています。4月から12月まで続きますが、先日この看護学校で戴帽式がありましたので、出席してきました。看護学校の正式名称は「米子看護高等専修学校」といいます。
今回も34名の学生さんたちが厳かな中で戴帽式を終えました。近頃は看護師さんはナースキャップは仕事に邪魔になるとのことで段々つけなくなる風潮ですが、それでもナースキャップをつけるとまた身が引き締まり、仕事のオン、オフがはっきりできるような気がします。
彼ら34名は来年の4月から辻田耳鼻科に実習に来ることになっています。今、実習に来ているのは去年戴帽式を終えた学生さんたちです。

 

勿論、学生ですからまだまだ未熟ですが、彼らはとても熱心に実習に臨んでくれています。
ここで看護の知識や技術を磨くのも大事ですが、患者さんとのコミュニケーションを図る体験をするのにも大切な場です。
患者さん方にはもしかしてご迷惑をおかけしているかも知れませんが、大きく育ってもらうため彼らを温かい目で見守ってやってください。

おめでとう!ガイナーレ鳥取



ガイナーレ鳥取やったね! 優勝、おめでとう!  待ちに待ったJリーグです。
3度目の正直です。過去2年間はもうちょっとの所でJリーグ入りを逃して、サポーターの一人としても歯がゆい思いをしてきましたが、今回は堂々の優勝でJリーグ入りです。
待った甲斐がありました。うれしさもひとしおです。
10月24日の東山陸上競技場へは勿論行って応援して、そしてこの目でその瞬間を見届けました。その時のサポーターへの挨拶で塚野社長は以外と冷静に話していたのはちょっと拍子抜けでしたが、おそらく塚野さんはもっと先のほうを見てるだろうから、これしきで喜んではいられないのかなと思いました。

辻田耳鼻咽喉科医院ではガイナーレ鳥取の公式スポンサーになっていて、陰ながら応援しています。この馴れ初めはと言うと2年ほど前に塚野社長とある酒の席でご一緒して、その時テンションが上がってしまい、ボクが調子に乗って「ヨッシャ、まかせろ。スポンサーになっちゃるけん。」と言ってしまったからです。その時は「アー、しっまたなあ。いらんこと言ってしもうた。」と後悔しましたが、こうして応援を続けて晴れてJリーグに行けることになり、スポンサーになってよかったと心から思っています。

ガイナーレが強くなれば鳥取県も元気になります。日本で一番小さな県のチームがJリーグで暴れまわったら痛快じゃないですか。これからもガイナーレ鳥取を応戦し続けます。
皆さんも、是非応援してください。

フランス旅行(6)

パリの滞在も4日目、最終日になりました。
この日も例によって朝早く目が覚めて、ホテルの近くを散歩しています。ホテルはセーヌ川沿いですが、サンジェルマンの一角にあるのでちょっと足を運べば、賑やかな繁華街になります。ボクはその辺りを何遍もうろついて通りや店やカフェをチェックして廻りましたので、もうサンジェルマンの通になってしまいました。
 さて、最終日の予定ですがメインはノートルダム大聖堂とマレ地区のショッピングです。朝はセーヌ川沿いをぶらぶら歩きながらノートルダム大聖堂へと向かいました。

  
朝のセーヌ川です。宵っ張りのパリっ子だから、当然朝は遅いようです。もう8時だというのに、まだ人はあまり見かけません。奥の橋はポンヌフで、右側はシテ島になります。

 

 
せっかくパリに来たから、一回くらいは朝食はカフェ飯にしようということで、シテ島のとあるカフェに立ち寄りました。朝食のメニューです。8ユーロしましたが、大体これくらいが朝食の相場ですし、メニューの内容もどこも同じようなものです。コーヒーなどの飲み物、クロワッサンとタルティーヌ、それとフレッシュジュースの組み合わせが定番です。

 
 
こんな感じです。この後にフレッシュジュースがついています。クロワッサンはどこで食べても変わらずにおいしかったです。これで8ユーロは少し高いような気がします。だからでもないけど、他に誰も居なくてテラスを貸し切りでの朝食でした。

 

ノートルダム大聖堂

  
ノートルダム大聖堂。去年も来ましたが、やっぱり荘厳とい言葉がぴったりです。これが800年も前に建てられたとは信じがたいです。まだ、朝早かったので、クレーン車で清掃していました。また日本人の団体さんがやってきて皆で盛んに記念写真などを撮りまくっていました。ボクも日本人だから当然写真撮りまくりました。人の像はユダヤとイスラエルの王たちで全部で28人います。

 

  
バラ窓の愛称の内部のステンドグラスです。美しい。この一言です。800年前の人たちの「美」や「芸術」に対する感覚は今よりも鋭かったような気がします。それにしても細かい仕事で、手間も時間も並大抵ではなっかたことでしょう。完成するのに170年かかったそうだから仕事は何代も受け継がれてされた訳で、よっぽど「ノートルダム」つまり我らの貴婦人・聖母マリアへの尊敬の念と強い信仰心がなければできることではありません。

 
  
大聖堂の一番奥です。十字架の下には聖母マリアがいます。時刻は朝9時前ですが、この後少数の信者が入ってきて両脇の椅子に座ってミサがはじまりました。こういう光景もこの大聖堂ができてから何百年もの間続けてこられて来たことでしょう。800年も前に建てられたものが今も立派に存在して、しかも日常で使われている。この歴史の重みはやはりヨーロッパですね。たしか、フランス革命の時にはかなり破壊されたようだし、そのあとここでナポレオンが戴冠式もしてるし、ここに立ってるだけでいろんなことに思いを馳せることができました。床はまるで建てたばかりのようにピカピカです。

 

 

サン・ルイ島から見たノートルダム大聖堂。
ノートルダム大聖堂は正面から見ることが多いですが実は後ろから見てもとても美しく立派です。朝日を浴びて一際輝いていました。側面には無数のガーゴイルの像があって皆それぞれ顔が違ってました。ほんとは塔の上まで上がりたかったのですが、朝早くからもう長い行列ができていて時間がなくて断念しました。上にはもっとユニークなガーゴイルたちがいたはずです。
そういえばここは「ノートルダムのせむし男」の舞台ですね。美しくも哀しい物語です。カジモドやエスメラルダが本当に実在していたような気になりました。それにしてもヴィクトル・ユーゴーはこの「ノートルダムのせむし男」といい、「レ・ミゼラブル」といいなんという波乱万丈の小説を書いたんだ。最もユーゴー自身も波瀾万丈の人生だったから書けたのかも。といろいろ考えながらノートルダムを後にしてサン・ルイ島の小さなチーズ屋に行きました。パリでの時間も残りあとわずかです。

 

ラ・フェルム・サントーバン

 
ラ・フェルム・サントーバン(La Ferme Saint-Aubin)という名前のサン・ルイ島にある小さな小さなチーズ屋さんです。Fermeは農夫のことですが、Sant-Aubinは聖オーバンという人の名前でしょうか?この店はなぜかしらどのガイドブックにも必ず載っていてとても気になっていたので、行ってみたくなりました。もしかしてこの店のムッシュは商売上手で日本の業者にコマーシャル料を払って宣伝してもらってるのかも。小さいので気をつけて歩いてないとつい素通りしてしまうような店でした。

 

 

店の中です。入ったとたんチーズのにおいが立ち込めていました。「匂い」というより「臭い」のほうです。中はとても狭くていろんなチーズがそれこそ隙間なくびっしりと置いてありました。あとから調べたら150から200種類はあるそうです。フランス全土にはたしか300種類ものチーズがあるそうで、かつてフランスのシラク大統領が「300ものチーズを作るようなそんな多様なフランス人をどうして一つにまとめることがでできようか?」と嘆いたそうです。それくらいフランス人にはチーズにはこだわりがあるようです。でも日本人のボクはチーズといったら、カマンベールとチェダーチーズとあとはエーッとなんだったかな位の知識です。お土産にと頼まれていたのですがよくわからんかったので店のムッシュの言うままにテキトーに買ってしまいました。いろいろ買ったもんだから2kgくらいになりましたが値段はそれでも50ユーロ程しかしませんでした。やっぱりフランスはパンとチーズは安いなあ。ここでは買ったチーズを真空パックしてくれるとの情報でしたので、せっかく覚えていたフランス語で「真空パック、おねがいします」と言おうとしたらムッシュがなんと先に日本語で「シンクーパック」と言ってきたので、おどろくやらフランス語が使えずがっかりするやら。この店はよっぽど日本人御用達の店のようでした。

 

PAUL

 

PAULはパリで有名なパン屋さんのことであちこちで見かけました。日本にもあるそうですがどこにあるかは知りません。ここで別所さんが日本に買って帰りたいというので、ちょっと立ち寄りました。バゲットを買ったようで、日本に帰ってあとで聞いたらうまかったそうです。パリのパン屋は買うときは写真のようにパンはケースに入ってますから、店員さんに注文しないといけません。日本のように勝手にセルフサービスでパンを選んでトレイに載せてレジで会計というわけにはいきません。おそらくフランスでこれをやるとただ食いというか持ち逃げする人がいるからと思うけど、本当はどうなんだろう。

 

マレ地区



マレ地区フランブルジョワ通りにあるカルナヴァレ博物館中庭です。このマレ地区は昔の貴族の館が一杯あってパリの中でも落ち着いた雰囲気がして、趣がある所です。
カルナヴァレ博物館は庭だけをちょっと見学しました。昔の貴族の館だっただけあって庭がとてもきれいに手入れしてあります。
このカルナヴァレ博物館が一体何者なのか全くしらなかったもんで、中に入らなかったですが、あとで調べたらパリの歴史がわかる資料が展示してあるとのことで、せっかく行ったのに中に入って見とけばよかった。後悔!

 

 SUZETTTE(クレープリー)

 

昼ごろになって腹減ってきたので同じフランブルジョワ通りでたまたま見かけたクレープ屋に入ることにする。パリではクレープというかガレットは食べたことがなかったので、ちょうどよかった。このクレープ屋、ガイドブックにも載っていなくてまったくノーマークでしたが、これが以外とうまかったです。SUZETTEという名前の店。人の名前かな?ここのテラスで頂きました。

 

 

伊藤さん注文。カプチーノ

 

 

松本さん注文。カフェクレム。ボクはシードル、牧田さんは赤ワイン、そして別所さんがアイスティー。カプチーノもカフェクレムもさすがパリしゃれています。ボクが頼んだシードルはうまくておかわりもしました。ガレットにはシードルが合うと書いてあったのですが、本当でした。ガレットにはシードルです。

 

 

 

 

 それぞれが頼んだガレットです。皮がサクサクしていて中にサーモン、ハム、ポテト、トマトなどの具が入っていて、見かけ以上のボリュームがありました。ガイドブックにはこのあとデザートにお菓子系のクレープを頼むのが通の食べ方だと書いてありましたが、とてもとてもこれで十分満腹になりました。店のマドマゼルも追加注文がなかったので、拍子抜けしていました。でもこのガレットがが今回の旅行で食べた中で一番うまかったです。

 

 

食事の前に、店のマドマゼルに撮ってもらった写真です。
パリは9月になると朝晩は肌寒いくらいになりますが、昼間はとても暑いです。この日の太陽の日差しがかなりきつかったです。
でも外で道を歩く人を眺めながら食事をするとパリを実感できます。

 

フランブルジョワ通り
この通りには小さいけどいろんな店がありました。ぶらぶら歩いてウインドーショッピングをするだけでも楽しめるのでは。

 

なんと日本の無印良品です。しかも角地の結構いい場所にありました。

 

 

オリーブオイル専門店です。
松本さんが入ってオリーブオイルを試飲(?)していたみたいでしたが、結局何も買わなかったです。

 

 

L’Artisan Parfumeur
Artisan は職人とか手作り意味なのでおそらく「手作り香水」の意味だと思う。牧田さんと別所さんが入ってた。店員さんがイケメンだったけど、わざわざボクも入って写真撮る勇気はなかったので残念。

 

 

Amourは「愛」 Cageは「カゴ」のこと。
なにやら小物類の店だったよう。

 

BHV(ベーアッシュヴェー

 

このあとはマレ地区から歩いてすぐのパリ市庁舎近くのベーアッシュヴェーに行く。フランス語のBHVをそのまま読んだだけです。なんかの略だろうけど、なんだろうな?この店は「パリ市民がいつも利用するカジュアルなデパート」という感じで、そのせいか日本人はボクたち以外は誰もいませんでした。「土曜日は20時まで」とか「そして、いつも水曜日は21時まで」と書いてあります。中は日本にもあるような生活雑貨ばかりでしたが、しゃれたデザインのキッチン用品があって買いたかったけどかさばって荷物になるのであきらめました。

 

 

ベーアッシュヴェーの前の通りです。
左側の建物がパリ市庁舎です。これもパリらしく、歴史ある立派な建物です。遠くに見える塔はサンジャック塔です。去年このあたりで道に迷ったのですが、その時にサンジャック塔が目印になって助かりました。この道路は一方通行になっていて、左側は一般の車、右側はバスと自転車専用になっています。パリはとにかく一方通行が多いところです。また自転車も多くてびゅんびゅん車が通る脇を平気ですいすいと走ってるのには驚きます。ボクも去年Velibに乗ってみましたが中心部では怖くてよう乗りませんでした。今年はVelibには一度も乗らずじまいでした。
それとパリの人たちは信号をあまり守りません。信号はあくまで目安で、渡れると思ったら赤信号でも自分の判断で横断しています。そこで事故になったらそれこそ自己責任だから仕方ないと思ってるようです。さすが個人主義の国です。よく考えたらそうですね。日本人みたいにバカ正直に交通ルールを守る必要なんてどこにもないです。

 

 

サンジェルマン・ビュッシ通り。
いよいよパリとの別れも間近になり、最後にサンジェルマンに戻ってきました。ここはいつも人で一杯です。もうすっかり、パリの街に溶け込んだ松本さんです。さあ、これからアモリノのアイスクリームを食べます。

 

アモリノ(Amorino)

 

Amorinoはイタリアの有名なアイスクリームだそうです。店は結構狭かったです。皆並んで各自注文していました。

 

 

牧田さん。カップで「ヨーグルト」と「マンゴー」。だったかな。
かなりなボリュームです。よう食べるなあ。

 

 

別所さん。カップでたしか「キャラメル」と「ラズベリー」

 

 

そして最後に松本さん。コーンで「ショコラ」ともう一つはなにかな?
みんなちゃんと自分で注文してました。フランス語できなくても身振り手振りでなんとかなるもんです。

 

Bon Voyage Paris 2010

                                            

  ルーブル美術館にて

あっという間の4日間でした。とにかく事故もなく無事に日本に帰ってこれました。日本に帰ると朝起きるのがしんどかったけど、時差ボケもほとんどなく、次の日からあたりまえのように仕事につけました。患者さんにはご迷惑おかけしましたが、ボクも職員たちもとてもリフレッシュできました。    


ボクにとっては2回目のフランス。去年はどこかすこし構えていたというか、緊張していた自分がいたけど、今年は全く普段着でパリを楽しむことができました。
今回は何しろ大分前からフランス語を勉強して、パリの店や地下鉄、バスなんかも綿密に調べといたから初めての所でも全く違和感がなかったです。明日から突然パリで暮らすことになってもそんなに困らずにパリに溶け込めると思う。
でも、去年初めて行ったときに味わえたサプライズが今回はあまりなかったのが少し残念。逆に職員たちは初めてのパリがとても「新鮮」だったと思う。 

 

オ・シェ・ド・ラベイにて

 

それと全部自分たちで計画して移動もバスと地下鉄だけだったし、ホテルもアパルトマン形式だったので、旅人としてでなくほんのちょっとだけパリに住んだような気になり、パリの日常に触れることができました。

 今回のボクの収穫は、フランス語を勉強してフランス語を少しはしゃべれるようになったためフランス人と同じ目線で話すことができたし、特に緊張もせずにパリの街に入って行けたこと。
でもボクが片言のフランス語をしゃべると相手からフランス語が早口で返ってきたのには参った。早口でしゃべられたらまったくお手上げでした。でも、英語まじりのフランス語とジェスチャーで十分にコニュニケーションが取れるのだと改めて感じました。

 
 

セーヌ河畔にて

今まで自分の中にはどうしても外国人に対するコンプレックスがあったけどそれが少しなくなって来たように思う。
それにしてもフランス人は本当に仕事してるんだろうかと思うくらいに、まっ昼間からたくさんの人たちがカフェでだべっていて、それが夜遅くまで延々と続いていました。ある意味日本人のように仕事に追われてせかせかしていず、ゆとりがあると言うか、人生を楽しんでいるというか、少し羨ましくなりました。
 

サンジェルマン・ビュッシ通りにて

それとフランス人の芸術や文化へのこだわりには正直リスペクトです。ルーブルもオペラ座もノートルダムも建物のくせに呼吸していました。生きているのです。エッフェル塔もそうです。堂々と構えていてボクたち人間を見下ろしていました。
ダ・ヴィンチもゴッホも絵の中で今でもまだ生きてるのです。これから先ボクたちが死んだあともずっとです。
悔しいけど、フランス人には芸術は人間が人間であることの証だことがわかっているのです。参りました。
これからもずっと美しいままのパリでいて欲しい。
また、来るかも。その時まで、オヴァー。そして、メルシー、ボクー。

 

フランス旅行(5)

パリ3日目後半です。
夕方にホテルを出ていざモンマルトルへ。ここでちょっとしたアクシデントが。
地下鉄に乗ろうとしたら、牧田さんのパリヴィジットを機械が受けつけなくなって、仕方ないからバスに変更。38番線のバスに乗りとりあえず北駅まで行こうと思ってたら、なんとこのバス北駅でなくパリ市庁舎止まりで、そこで突然降ろされてちょっとあせりました。仕方ないから通りがかりのムッシュに道を聞いて、地下鉄シャトレ駅まで行ってここの駅員さんと交渉をしました。ボクが言ったフランス語です。「このキップ、こわれてる。」なぜかこれで通じました。マドマゼルの駅員さんは丁寧にも新しくパリヴィジットを発行してくれて、地下鉄4号線、2号線を乗り継いでなんとかモンマルトル下のアンヴェールまで辿りつけました。やっぱりフランス語勉強しといてよかったです。


パリの地下鉄の駅で。
今回はパリヴィジットという観光客用のプリペイドカードを使いました。ちょっと割高で元は取れなかったのですがそれでもバスにも地下鉄にも乗れて旅行者には重宝しました。あとで調べたら3日間で地下鉄とバスに全部で14回乗ってたからまあ使った甲斐があったと思います。地下鉄は安全で何のトラブルもなく快適に使えました。もうパリの地下鉄はバッチリですし、バスもメインの路線は乗りこなせます。今回乗ったバス路線は27,38,42番線でした。

 

モンマルトル サクレクール寺院


モンマルトル・サクレクール寺院。
やってきましたサクレクール寺院。地下鉄アンヴェールからかなりな坂道でした。土産物屋が立ち並ぶ石畳の道を歩いて疲れて足が重くなった頃にサクレクール寺院の白いお姿が見えて、まっ青な空を背景に神々しく威厳に満ちていました。去年はこの近くのホテルに泊まったのになぜか行かなかったので、初めてお目にかかれました。この辺りには階段にも芝生にも大勢の人たちがゆったりとたむろしていて、ほかにも大勢の黒人のもの売りたちもいて一種独特の雰囲気がありました。


サクレクール寺院の階段から望むパリ市内です。真っ青な空と白い街並み。小憎らしいほどパリは美しい街です。
時間はもう7時ごろなのにたくさんの人です。皆階段に座ってただボーッとしているだけですが、この何もしないでボーッとするのが日本人のボクにはどうも苦手なのです。

 

 

広場の一角では黒人兄ちゃんがサッカーボールを使ったリフティングのパフォーマンスをしていてなかなか、というよりかなりうまかった。もう一人いたがこちらはまあまあそこそこでした。ここでは観光客やら物売りの黒人の人たちやら雑多な人種が見られたのになぜか日本人の姿をあまり見かけなっかた。日本人を見かけたのはルイヴィトンでと最終日のノートルダム大聖堂でくらいで、このときはシルバーウイークでたくさん日本人が来てるはずなのにあまり見かけなかった気がする。

 

 

テルトル広場

 

 
 
サクレクール寺院そばのテルトル広場は、画家がたくさん集まって似顔絵書きを商売にしていると聞いていたがほんとにたくさんの画家たちがいました。ここは広場と言っても狭い場所の真ん中にカフェがあってその周りをぐるりとに画家たちが陣取っていました。ガイドブックによれば「高い料金をふっかける人もいるからご注意を」と書いてあったけど、似顔絵料はいくらなんだろう。でも画家の人たちも食っていかんといいかんだろうからな。なんて考えながら眺めていました。あたりまえだけど画家にもそれぞれの個性があって見ていて面白かったです。いらんお世話だけど中のカフェには人はほとんどいなかったです。
 この時で時刻夜8時ごろになっていましたが、モンマルトル界隈はまだまだ賑やかさが続きそうでした。ボクたちはこのあと地下鉄2号線、6号線を乗り継いでエッフェル塔へと向かいます。

 

エッフェル塔


地下鉄6号線ビルアケム駅で降りて、歩いてエッフェル塔へ行く。歩くと結構時間かかりました。10分くらいだったかな。
エッフェル塔、かっこいいねえ。やはり間近で見ると迫力あります。ちょうど夕暮れ時になって点灯されて、これから次第にライトアップが輝いていきました。

 

 

エッフェル塔の真下です。人と比べるとその大きさがわかると思います。それにしても100年程前にこれを設計したエッフェルさんは大したもんです。ただの電波塔としてでなく、ちゃんとデザインのことも考えてたのです。しかもその塔には当時まだ珍しかったエレベーターも取り付けて100年以上たった今も立派に動いています。当時の人たちはこんな鉄の塔なんてパリにそぐわないと評判よくなかったようです。それが今ではパリのシンボルになってしまいました。エッフェルさんはおそらく「どうだ、見たか。俺は100年先も考えて造ったんだぞ。」と一人悦に言ってるのでは。4つの脚のうち2つにはエレベーターがあって上まで行けるようになっていましたが、たくさんの行列ができていて乗るには1時間以上待たないとダメのようだったので、サンドイッチと飲み物を買って、近くの公園の芝生で休憩しながらダイヤモンドフラッシュを待ちました。

 

 
ダイヤモンドフラッシュ。
間近で見るとまたまたさらに美しい。パリの観光にかける意気込みが伝わってきます。これだけのことを毎日やるにはかなりのコストがかかるだろうけど、やっぱりこれ見たさに世界中から観光客が集まってくれると思います。日本もこれくらいの企業努力をせんと観光客はやって来てはくれません。余計なことだけど新婚旅行で二人だけで見たら一生の思い出になること間違いありません。やはりパリは花の都です。
このあと地下鉄でホテルまで帰る。途中サンジェルマンのビュッシ通りを通ったけど、道端のカフェは人でいっぱいでした。もう10時ごろです。なんかこれからさあ盛り上がろうかという雰囲気でした。パリっ子は宵っ張りです。
パリ3日目も無事終わりました。残すところあと1日になりました。


 

フランス旅行(4)

パリも3日目となりました。
ボクは例によって体内時計が日本のままで、夜中に目が覚めてしまい、仕方ないから風呂にゆっくり入ってそのあとまだ明けやらぬパリの散策に出かけることにしました。ホテルは24時間対応で夜中でもちゃんとフロントがいてくれて何時も朝5時頃にロビーに降りるといつも背が高い若いアラブ系のお兄さんが一人で仕事していました。去年も感じたのですが、夜勤とか早朝の時間帯に仕事するのは決まってアフリカ系かアラブ系の人たちです。この移民の人たちがフランスを支えてくれているのです。結局3日間とも早朝はこのお兄さんと会い、顔なじみになってボクのつたないフランス語で会話したりしました。彼はボクが下手くそでもフランス語しゃべるのが気に入ったらしく、サンジェルマンのことをいろいろ教えてくれました。記念にツーショットの写真撮っとけばよかった。


ホテルのロビーです。最終日のことになりますが、チェックアウトして夕方まで荷物を預かってもらったのですが。荷物は他の所にちゃんと保管してくれてたとばっかり思っていたら帰ってみたらこのロビーの一角に置いたままになっていてびっくりしました。アパルトマン形式なのであまりおかまいしないのはわかるけどちょっとなあ。
昨日は朝食のサービスがあったのになぜかこの日はないようだったので、散歩の途中でパン屋のジェラール・ミュロに行ってクロワッサンとパンオショコラを買ってきました。パリのパン屋さんは早朝から開いていて、出勤途中の人たちが立寄ってバゲットを買っていく姿をよく見かけました。その日の朝食か昼食にするのでしょう。クロワッサンとパンオショコラですがどちらも1ユーロ位です。パリは以外と物価が高いのですがパンだけは別です。安くてうまいです。ホテルに帰ってから皆で食べましたがクロワッサンはモチモチしていてうまかったです。
3日目のスケジュールです。
まずオルセー美術館に行って、そのあとボン・マルシェで日本へのばらまき土産を買って、サンジェルマンをショッピングした後モンマルトルと最後にエッフェル塔に行く。今日もタイトなスケジュールです。

オルセー美術館


朝食の後歩いてオルセー美術館に行く。それにしても今回の旅行はほとんど1日中歩いていました。
オルセー美術館前で並んで待っていたら高校生の団体が通り過ぎました。制服を着てないせいかも知れませんが、フランスの高校生は大人びています。そう言えば以前ロータリークラブの関係でオーストリアから来た高校の先生と話す機会があり、その中で日本の高校を視察に行った時皆同じ制服で同じ顔で全く区別がつかず驚いたと言っていました。どちらがいいという訳ではありませんが、集団での規律を重んじる日本と個人主義のフランス。違いがあるから面白いのかも。ところがこの高校生たち、待ってる間平気で煙草を吸っていて、しかも先生は咎めるどころか一緒に煙草吸ってたのには、さすがにびっくり。セ・パ・ポシーブル!



オルセー美術館。去年は写真Okだったのに今年は撮影禁止でした。それと今工事中のためかなりの絵が外に出ていて見たかったミレーやゴッホの絵のいくつかがなくてちょっと残念でした。それとルノアールも少ししななくてせっかくパリまで来たのにがっかりです。写真は松本さんが黙って撮った美術館内の大時計です。この後地下鉄でボン・マルシェに行ってばらまき土産をたんまり買いこみました。ボン・マルシェはパリで一番古いデパートで、別棟に食品館があり、ちょっと贅沢な食材が売られていて、パリ土産を買うにはうってつけのところです。他の皆もお菓子を中心にあれこれ買っていました。

 
レピグラム(L’Epigramme)



この日の昼食はホテルから歩いてすぐのレピグラムというビストロに行く。ガイドブックによればパリでも今が旬のネオビストロという謳い文句に乗せられて訪ねてみることにしました。
入口は以外と小さくてこれは食後に店のムッシュと記念に撮ったものです。

 

メニューです。フランス語のメニューはなかなか分かりにくいですが、この日のために勉強してきましたので、バッチリわかりました。一番上のEntree+Plat ou Plat+dessert ですが。Entreeは前菜,PlatはメインそしてDessertはデザートのことですouは英語のorのことなので、前菜とメインのセットかメインとデザートのセットが24ユーロということになります。その下は前菜、メイン、デザートのフルで28ユーロでした。そしてその下にあるものから選ぶわけです。ボクたちはEntree+Platのセットにしました。

 


前菜です。
ガスパッチョと野菜のコンフィ
ボクと別所さんが注文。ガスパッチョっ何のことかわからんかったのですが、後で調べたらスペインの冷たいスープのことでした。ボクにはトマトジュースに思えましたがさっぱりとしてうまかったです。

 


フォアグラとイチジク
松本さんと牧田さんが注文。フォアグラがパテみたいになっていておいしかったとのこと。

 


サーモンとアスパラガスのサラダ
伊藤さんが注文。読めない字があったけど写真見ればわかると思うけど、さっぱりとうまそうなサラダ。

 


ワインは店のムッシュがシャルドネがあると言ったので言われるままに深く考えもせずに注文。たしか22ユーロだったと思う。3人でたいらげました。メインが皆サカナだったのでちょうどよかったです。さっぱりしてうまかったけどもう少し冷えていたらもっとうまかったかも、まあ「パーマル」。と言ってもワインはどれ飲んでもうまいのでよくわかりません。

 


メインです。鯛のグリル。ボク以外の4名が注文。フランスの鯛は日本の鯛とは少し違う種類のようです。下に敷いてあるトマトは大きなものをスライスしてありました.。うまかったみたいです。

 

 


タラのロースト。ボクだけが注文。タラは日本で食べるのと同じ味でした。日本で食べるのもノルウェーあたりで獲れるので同じ味だわな。あっさりしてよかったです。小さなジャガイモの焼いたのが以外とうまかったです。この後デザートはどうしますか?と尋ねられたが、パンも食べたし小食の日本人はもうこれだけで十分なのです。でも、後でメニューをよく見たらデザートにリンゴのタルトがあったので食べてとけばよかったと後悔。

 


店のマドマゼルに撮ってもらう。店はテーブルが全部で6,7台で意外と狭くてラフな格好でも入れる気さくなビストロでした。右隣のテーブルでは初老のマダムたちがしきりにペチャクチャおしゃべりしながらデザートまで平らげていました。ほんとにフランス人はよくしゃべるしよく食べます。食事をとても大事にしているのがよくわかりました。パリも3日目になると皆だいぶ慣れてききました。

サンジェルマン


昼食のあとはサンジェルマンでショッピングでした。カフェはどこも昼間から夜遅くまで人でいっぱいでした。何回も書きますがフランス人は一体仕事してるの?
写真のカフェはサンジェルマンでも有名なレ・ドゥー・マゴです。記念にここでコーヒーを頼みました。サンジェルマンでは自由時間を作ってそれぞれバラバラになってショッピングに精をだしました。雑貨屋、文房具、チョコの店、マカロンのラデュレetc。ボクは嫁さんから頼まれていたバッグを求めてジュストカンパーニュという店に行く。カンパーニュは田舎の意味です。店は割と小さくて女性店員が一人いるだけですこし拍子ぬけしました。そこでお目当てのバッグをゲット。一応店のマドマゼルに「50才くらいのおばさんですが似会いますか?」と聞いたら「勿論お似合いですよ」という答えが返ってきました。野暮な質問でしたね。当然そう答えますよね。このバッグ、ちと高かったのですが、全部手作りで製品番号が刻印されていて世界で一つだけという振れ込みに惹かれました。家に帰った時、嫁さんに渡すとえらい喜んでくれて、よかった,よかった。ショッピングが終わったのがもう夕方5時頃になっていましたが、このあとはモンマルトルに行ってそして最後はエッフェル塔で締めとなります。
パリ3日目、まだまだ続きます。

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