看護学校戴帽式

看護学校戴帽式



今、辻田耳鼻咽喉科には看護学校の学生さんたちが実習に来ています。4月から12月まで続きますが、先日この看護学校で戴帽式がありましたので、出席してきました。看護学校の正式名称は「米子看護高等専修学校」といいます。
今回も34名の学生さんたちが厳かな中で戴帽式を終えました。近頃は看護師さんはナースキャップは仕事に邪魔になるとのことで段々つけなくなる風潮ですが、それでもナースキャップをつけるとまた身が引き締まり、仕事のオン、オフがはっきりできるような気がします。
彼ら34名は来年の4月から辻田耳鼻科に実習に来ることになっています。今、実習に来ているのは去年戴帽式を終えた学生さんたちです。

 

勿論、学生ですからまだまだ未熟ですが、彼らはとても熱心に実習に臨んでくれています。
ここで看護の知識や技術を磨くのも大事ですが、患者さんとのコミュニケーションを図る体験をするのにも大切な場です。
患者さん方にはもしかしてご迷惑をおかけしているかも知れませんが、大きく育ってもらうため彼らを温かい目で見守ってやってください。

おめでとう!ガイナーレ鳥取



ガイナーレ鳥取やったね! 優勝、おめでとう!  待ちに待ったJリーグです。
3度目の正直です。過去2年間はもうちょっとの所でJリーグ入りを逃して、サポーターの一人としても歯がゆい思いをしてきましたが、今回は堂々の優勝でJリーグ入りです。
待った甲斐がありました。うれしさもひとしおです。
10月24日の東山陸上競技場へは勿論行って応援して、そしてこの目でその瞬間を見届けました。その時のサポーターへの挨拶で塚野社長は以外と冷静に話していたのはちょっと拍子抜けでしたが、おそらく塚野さんはもっと先のほうを見てるだろうから、これしきで喜んではいられないのかなと思いました。

辻田耳鼻咽喉科医院ではガイナーレ鳥取の公式スポンサーになっていて、陰ながら応援しています。この馴れ初めはと言うと2年ほど前に塚野社長とある酒の席でご一緒して、その時テンションが上がってしまい、ボクが調子に乗って「ヨッシャ、まかせろ。スポンサーになっちゃるけん。」と言ってしまったからです。その時は「アー、しっまたなあ。いらんこと言ってしもうた。」と後悔しましたが、こうして応援を続けて晴れてJリーグに行けることになり、スポンサーになってよかったと心から思っています。

ガイナーレが強くなれば鳥取県も元気になります。日本で一番小さな県のチームがJリーグで暴れまわったら痛快じゃないですか。これからもガイナーレ鳥取を応戦し続けます。
皆さんも、是非応援してください。

フランス旅行(6)

パリの滞在も4日目、最終日になりました。
この日も例によって朝早く目が覚めて、ホテルの近くを散歩しています。ホテルはセーヌ川沿いですが、サンジェルマンの一角にあるのでちょっと足を運べば、賑やかな繁華街になります。ボクはその辺りを何遍もうろついて通りや店やカフェをチェックして廻りましたので、もうサンジェルマンの通になってしまいました。
 さて、最終日の予定ですがメインはノートルダム大聖堂とマレ地区のショッピングです。朝はセーヌ川沿いをぶらぶら歩きながらノートルダム大聖堂へと向かいました。

  
朝のセーヌ川です。宵っ張りのパリっ子だから、当然朝は遅いようです。もう8時だというのに、まだ人はあまり見かけません。奥の橋はポンヌフで、右側はシテ島になります。

 

 
せっかくパリに来たから、一回くらいは朝食はカフェ飯にしようということで、シテ島のとあるカフェに立ち寄りました。朝食のメニューです。8ユーロしましたが、大体これくらいが朝食の相場ですし、メニューの内容もどこも同じようなものです。コーヒーなどの飲み物、クロワッサンとタルティーヌ、それとフレッシュジュースの組み合わせが定番です。

 
 
こんな感じです。この後にフレッシュジュースがついています。クロワッサンはどこで食べても変わらずにおいしかったです。これで8ユーロは少し高いような気がします。だからでもないけど、他に誰も居なくてテラスを貸し切りでの朝食でした。

 

ノートルダム大聖堂

  
ノートルダム大聖堂。去年も来ましたが、やっぱり荘厳とい言葉がぴったりです。これが800年も前に建てられたとは信じがたいです。まだ、朝早かったので、クレーン車で清掃していました。また日本人の団体さんがやってきて皆で盛んに記念写真などを撮りまくっていました。ボクも日本人だから当然写真撮りまくりました。人の像はユダヤとイスラエルの王たちで全部で28人います。

 

  
バラ窓の愛称の内部のステンドグラスです。美しい。この一言です。800年前の人たちの「美」や「芸術」に対する感覚は今よりも鋭かったような気がします。それにしても細かい仕事で、手間も時間も並大抵ではなっかたことでしょう。完成するのに170年かかったそうだから仕事は何代も受け継がれてされた訳で、よっぽど「ノートルダム」つまり我らの貴婦人・聖母マリアへの尊敬の念と強い信仰心がなければできることではありません。

 
  
大聖堂の一番奥です。十字架の下には聖母マリアがいます。時刻は朝9時前ですが、この後少数の信者が入ってきて両脇の椅子に座ってミサがはじまりました。こういう光景もこの大聖堂ができてから何百年もの間続けてこられて来たことでしょう。800年も前に建てられたものが今も立派に存在して、しかも日常で使われている。この歴史の重みはやはりヨーロッパですね。たしか、フランス革命の時にはかなり破壊されたようだし、そのあとここでナポレオンが戴冠式もしてるし、ここに立ってるだけでいろんなことに思いを馳せることができました。床はまるで建てたばかりのようにピカピカです。

 

 

サン・ルイ島から見たノートルダム大聖堂。
ノートルダム大聖堂は正面から見ることが多いですが実は後ろから見てもとても美しく立派です。朝日を浴びて一際輝いていました。側面には無数のガーゴイルの像があって皆それぞれ顔が違ってました。ほんとは塔の上まで上がりたかったのですが、朝早くからもう長い行列ができていて時間がなくて断念しました。上にはもっとユニークなガーゴイルたちがいたはずです。
そういえばここは「ノートルダムのせむし男」の舞台ですね。美しくも哀しい物語です。カジモドやエスメラルダが本当に実在していたような気になりました。それにしてもヴィクトル・ユーゴーはこの「ノートルダムのせむし男」といい、「レ・ミゼラブル」といいなんという波乱万丈の小説を書いたんだ。最もユーゴー自身も波瀾万丈の人生だったから書けたのかも。といろいろ考えながらノートルダムを後にしてサン・ルイ島の小さなチーズ屋に行きました。パリでの時間も残りあとわずかです。

 

ラ・フェルム・サントーバン

 
ラ・フェルム・サントーバン(La Ferme Saint-Aubin)という名前のサン・ルイ島にある小さな小さなチーズ屋さんです。Fermeは農夫のことですが、Sant-Aubinは聖オーバンという人の名前でしょうか?この店はなぜかしらどのガイドブックにも必ず載っていてとても気になっていたので、行ってみたくなりました。もしかしてこの店のムッシュは商売上手で日本の業者にコマーシャル料を払って宣伝してもらってるのかも。小さいので気をつけて歩いてないとつい素通りしてしまうような店でした。

 

 

店の中です。入ったとたんチーズのにおいが立ち込めていました。「匂い」というより「臭い」のほうです。中はとても狭くていろんなチーズがそれこそ隙間なくびっしりと置いてありました。あとから調べたら150から200種類はあるそうです。フランス全土にはたしか300種類ものチーズがあるそうで、かつてフランスのシラク大統領が「300ものチーズを作るようなそんな多様なフランス人をどうして一つにまとめることがでできようか?」と嘆いたそうです。それくらいフランス人にはチーズにはこだわりがあるようです。でも日本人のボクはチーズといったら、カマンベールとチェダーチーズとあとはエーッとなんだったかな位の知識です。お土産にと頼まれていたのですがよくわからんかったので店のムッシュの言うままにテキトーに買ってしまいました。いろいろ買ったもんだから2kgくらいになりましたが値段はそれでも50ユーロ程しかしませんでした。やっぱりフランスはパンとチーズは安いなあ。ここでは買ったチーズを真空パックしてくれるとの情報でしたので、せっかく覚えていたフランス語で「真空パック、おねがいします」と言おうとしたらムッシュがなんと先に日本語で「シンクーパック」と言ってきたので、おどろくやらフランス語が使えずがっかりするやら。この店はよっぽど日本人御用達の店のようでした。

 

PAUL

 

PAULはパリで有名なパン屋さんのことであちこちで見かけました。日本にもあるそうですがどこにあるかは知りません。ここで別所さんが日本に買って帰りたいというので、ちょっと立ち寄りました。バゲットを買ったようで、日本に帰ってあとで聞いたらうまかったそうです。パリのパン屋は買うときは写真のようにパンはケースに入ってますから、店員さんに注文しないといけません。日本のように勝手にセルフサービスでパンを選んでトレイに載せてレジで会計というわけにはいきません。おそらくフランスでこれをやるとただ食いというか持ち逃げする人がいるからと思うけど、本当はどうなんだろう。

 

マレ地区



マレ地区フランブルジョワ通りにあるカルナヴァレ博物館中庭です。このマレ地区は昔の貴族の館が一杯あってパリの中でも落ち着いた雰囲気がして、趣がある所です。
カルナヴァレ博物館は庭だけをちょっと見学しました。昔の貴族の館だっただけあって庭がとてもきれいに手入れしてあります。
このカルナヴァレ博物館が一体何者なのか全くしらなかったもんで、中に入らなかったですが、あとで調べたらパリの歴史がわかる資料が展示してあるとのことで、せっかく行ったのに中に入って見とけばよかった。後悔!

 

 SUZETTTE(クレープリー)

 

昼ごろになって腹減ってきたので同じフランブルジョワ通りでたまたま見かけたクレープ屋に入ることにする。パリではクレープというかガレットは食べたことがなかったので、ちょうどよかった。このクレープ屋、ガイドブックにも載っていなくてまったくノーマークでしたが、これが以外とうまかったです。SUZETTEという名前の店。人の名前かな?ここのテラスで頂きました。

 

 

伊藤さん注文。カプチーノ

 

 

松本さん注文。カフェクレム。ボクはシードル、牧田さんは赤ワイン、そして別所さんがアイスティー。カプチーノもカフェクレムもさすがパリしゃれています。ボクが頼んだシードルはうまくておかわりもしました。ガレットにはシードルが合うと書いてあったのですが、本当でした。ガレットにはシードルです。

 

 

 

 

 それぞれが頼んだガレットです。皮がサクサクしていて中にサーモン、ハム、ポテト、トマトなどの具が入っていて、見かけ以上のボリュームがありました。ガイドブックにはこのあとデザートにお菓子系のクレープを頼むのが通の食べ方だと書いてありましたが、とてもとてもこれで十分満腹になりました。店のマドマゼルも追加注文がなかったので、拍子抜けしていました。でもこのガレットがが今回の旅行で食べた中で一番うまかったです。

 

 

食事の前に、店のマドマゼルに撮ってもらった写真です。
パリは9月になると朝晩は肌寒いくらいになりますが、昼間はとても暑いです。この日の太陽の日差しがかなりきつかったです。
でも外で道を歩く人を眺めながら食事をするとパリを実感できます。

 

フランブルジョワ通り
この通りには小さいけどいろんな店がありました。ぶらぶら歩いてウインドーショッピングをするだけでも楽しめるのでは。

 

なんと日本の無印良品です。しかも角地の結構いい場所にありました。

 

 

オリーブオイル専門店です。
松本さんが入ってオリーブオイルを試飲(?)していたみたいでしたが、結局何も買わなかったです。

 

 

L’Artisan Parfumeur
Artisan は職人とか手作り意味なのでおそらく「手作り香水」の意味だと思う。牧田さんと別所さんが入ってた。店員さんがイケメンだったけど、わざわざボクも入って写真撮る勇気はなかったので残念。

 

 

Amourは「愛」 Cageは「カゴ」のこと。
なにやら小物類の店だったよう。

 

BHV(ベーアッシュヴェー

 

このあとはマレ地区から歩いてすぐのパリ市庁舎近くのベーアッシュヴェーに行く。フランス語のBHVをそのまま読んだだけです。なんかの略だろうけど、なんだろうな?この店は「パリ市民がいつも利用するカジュアルなデパート」という感じで、そのせいか日本人はボクたち以外は誰もいませんでした。「土曜日は20時まで」とか「そして、いつも水曜日は21時まで」と書いてあります。中は日本にもあるような生活雑貨ばかりでしたが、しゃれたデザインのキッチン用品があって買いたかったけどかさばって荷物になるのであきらめました。

 

 

ベーアッシュヴェーの前の通りです。
左側の建物がパリ市庁舎です。これもパリらしく、歴史ある立派な建物です。遠くに見える塔はサンジャック塔です。去年このあたりで道に迷ったのですが、その時にサンジャック塔が目印になって助かりました。この道路は一方通行になっていて、左側は一般の車、右側はバスと自転車専用になっています。パリはとにかく一方通行が多いところです。また自転車も多くてびゅんびゅん車が通る脇を平気ですいすいと走ってるのには驚きます。ボクも去年Velibに乗ってみましたが中心部では怖くてよう乗りませんでした。今年はVelibには一度も乗らずじまいでした。
それとパリの人たちは信号をあまり守りません。信号はあくまで目安で、渡れると思ったら赤信号でも自分の判断で横断しています。そこで事故になったらそれこそ自己責任だから仕方ないと思ってるようです。さすが個人主義の国です。よく考えたらそうですね。日本人みたいにバカ正直に交通ルールを守る必要なんてどこにもないです。

 

 

サンジェルマン・ビュッシ通り。
いよいよパリとの別れも間近になり、最後にサンジェルマンに戻ってきました。ここはいつも人で一杯です。もうすっかり、パリの街に溶け込んだ松本さんです。さあ、これからアモリノのアイスクリームを食べます。

 

アモリノ(Amorino)

 

Amorinoはイタリアの有名なアイスクリームだそうです。店は結構狭かったです。皆並んで各自注文していました。

 

 

牧田さん。カップで「ヨーグルト」と「マンゴー」。だったかな。
かなりなボリュームです。よう食べるなあ。

 

 

別所さん。カップでたしか「キャラメル」と「ラズベリー」

 

 

そして最後に松本さん。コーンで「ショコラ」ともう一つはなにかな?
みんなちゃんと自分で注文してました。フランス語できなくても身振り手振りでなんとかなるもんです。

 

Bon Voyage Paris 2010

                                            

  ルーブル美術館にて

あっという間の4日間でした。とにかく事故もなく無事に日本に帰ってこれました。日本に帰ると朝起きるのがしんどかったけど、時差ボケもほとんどなく、次の日からあたりまえのように仕事につけました。患者さんにはご迷惑おかけしましたが、ボクも職員たちもとてもリフレッシュできました。    


ボクにとっては2回目のフランス。去年はどこかすこし構えていたというか、緊張していた自分がいたけど、今年は全く普段着でパリを楽しむことができました。
今回は何しろ大分前からフランス語を勉強して、パリの店や地下鉄、バスなんかも綿密に調べといたから初めての所でも全く違和感がなかったです。明日から突然パリで暮らすことになってもそんなに困らずにパリに溶け込めると思う。
でも、去年初めて行ったときに味わえたサプライズが今回はあまりなかったのが少し残念。逆に職員たちは初めてのパリがとても「新鮮」だったと思う。 

 

オ・シェ・ド・ラベイにて

 

それと全部自分たちで計画して移動もバスと地下鉄だけだったし、ホテルもアパルトマン形式だったので、旅人としてでなくほんのちょっとだけパリに住んだような気になり、パリの日常に触れることができました。

 今回のボクの収穫は、フランス語を勉強してフランス語を少しはしゃべれるようになったためフランス人と同じ目線で話すことができたし、特に緊張もせずにパリの街に入って行けたこと。
でもボクが片言のフランス語をしゃべると相手からフランス語が早口で返ってきたのには参った。早口でしゃべられたらまったくお手上げでした。でも、英語まじりのフランス語とジェスチャーで十分にコニュニケーションが取れるのだと改めて感じました。

 
 

セーヌ河畔にて

今まで自分の中にはどうしても外国人に対するコンプレックスがあったけどそれが少しなくなって来たように思う。
それにしてもフランス人は本当に仕事してるんだろうかと思うくらいに、まっ昼間からたくさんの人たちがカフェでだべっていて、それが夜遅くまで延々と続いていました。ある意味日本人のように仕事に追われてせかせかしていず、ゆとりがあると言うか、人生を楽しんでいるというか、少し羨ましくなりました。
 

サンジェルマン・ビュッシ通りにて

それとフランス人の芸術や文化へのこだわりには正直リスペクトです。ルーブルもオペラ座もノートルダムも建物のくせに呼吸していました。生きているのです。エッフェル塔もそうです。堂々と構えていてボクたち人間を見下ろしていました。
ダ・ヴィンチもゴッホも絵の中で今でもまだ生きてるのです。これから先ボクたちが死んだあともずっとです。
悔しいけど、フランス人には芸術は人間が人間であることの証だことがわかっているのです。参りました。
これからもずっと美しいままのパリでいて欲しい。
また、来るかも。その時まで、オヴァー。そして、メルシー、ボクー。

 

フランス旅行(5)

パリ3日目後半です。
夕方にホテルを出ていざモンマルトルへ。ここでちょっとしたアクシデントが。
地下鉄に乗ろうとしたら、牧田さんのパリヴィジットを機械が受けつけなくなって、仕方ないからバスに変更。38番線のバスに乗りとりあえず北駅まで行こうと思ってたら、なんとこのバス北駅でなくパリ市庁舎止まりで、そこで突然降ろされてちょっとあせりました。仕方ないから通りがかりのムッシュに道を聞いて、地下鉄シャトレ駅まで行ってここの駅員さんと交渉をしました。ボクが言ったフランス語です。「このキップ、こわれてる。」なぜかこれで通じました。マドマゼルの駅員さんは丁寧にも新しくパリヴィジットを発行してくれて、地下鉄4号線、2号線を乗り継いでなんとかモンマルトル下のアンヴェールまで辿りつけました。やっぱりフランス語勉強しといてよかったです。


パリの地下鉄の駅で。
今回はパリヴィジットという観光客用のプリペイドカードを使いました。ちょっと割高で元は取れなかったのですがそれでもバスにも地下鉄にも乗れて旅行者には重宝しました。あとで調べたら3日間で地下鉄とバスに全部で14回乗ってたからまあ使った甲斐があったと思います。地下鉄は安全で何のトラブルもなく快適に使えました。もうパリの地下鉄はバッチリですし、バスもメインの路線は乗りこなせます。今回乗ったバス路線は27,38,42番線でした。

 

モンマルトル サクレクール寺院


モンマルトル・サクレクール寺院。
やってきましたサクレクール寺院。地下鉄アンヴェールからかなりな坂道でした。土産物屋が立ち並ぶ石畳の道を歩いて疲れて足が重くなった頃にサクレクール寺院の白いお姿が見えて、まっ青な空を背景に神々しく威厳に満ちていました。去年はこの近くのホテルに泊まったのになぜか行かなかったので、初めてお目にかかれました。この辺りには階段にも芝生にも大勢の人たちがゆったりとたむろしていて、ほかにも大勢の黒人のもの売りたちもいて一種独特の雰囲気がありました。


サクレクール寺院の階段から望むパリ市内です。真っ青な空と白い街並み。小憎らしいほどパリは美しい街です。
時間はもう7時ごろなのにたくさんの人です。皆階段に座ってただボーッとしているだけですが、この何もしないでボーッとするのが日本人のボクにはどうも苦手なのです。

 

 

広場の一角では黒人兄ちゃんがサッカーボールを使ったリフティングのパフォーマンスをしていてなかなか、というよりかなりうまかった。もう一人いたがこちらはまあまあそこそこでした。ここでは観光客やら物売りの黒人の人たちやら雑多な人種が見られたのになぜか日本人の姿をあまり見かけなっかた。日本人を見かけたのはルイヴィトンでと最終日のノートルダム大聖堂でくらいで、このときはシルバーウイークでたくさん日本人が来てるはずなのにあまり見かけなかった気がする。

 

 

テルトル広場

 

 
 
サクレクール寺院そばのテルトル広場は、画家がたくさん集まって似顔絵書きを商売にしていると聞いていたがほんとにたくさんの画家たちがいました。ここは広場と言っても狭い場所の真ん中にカフェがあってその周りをぐるりとに画家たちが陣取っていました。ガイドブックによれば「高い料金をふっかける人もいるからご注意を」と書いてあったけど、似顔絵料はいくらなんだろう。でも画家の人たちも食っていかんといいかんだろうからな。なんて考えながら眺めていました。あたりまえだけど画家にもそれぞれの個性があって見ていて面白かったです。いらんお世話だけど中のカフェには人はほとんどいなかったです。
 この時で時刻夜8時ごろになっていましたが、モンマルトル界隈はまだまだ賑やかさが続きそうでした。ボクたちはこのあと地下鉄2号線、6号線を乗り継いでエッフェル塔へと向かいます。

 

エッフェル塔


地下鉄6号線ビルアケム駅で降りて、歩いてエッフェル塔へ行く。歩くと結構時間かかりました。10分くらいだったかな。
エッフェル塔、かっこいいねえ。やはり間近で見ると迫力あります。ちょうど夕暮れ時になって点灯されて、これから次第にライトアップが輝いていきました。

 

 

エッフェル塔の真下です。人と比べるとその大きさがわかると思います。それにしても100年程前にこれを設計したエッフェルさんは大したもんです。ただの電波塔としてでなく、ちゃんとデザインのことも考えてたのです。しかもその塔には当時まだ珍しかったエレベーターも取り付けて100年以上たった今も立派に動いています。当時の人たちはこんな鉄の塔なんてパリにそぐわないと評判よくなかったようです。それが今ではパリのシンボルになってしまいました。エッフェルさんはおそらく「どうだ、見たか。俺は100年先も考えて造ったんだぞ。」と一人悦に言ってるのでは。4つの脚のうち2つにはエレベーターがあって上まで行けるようになっていましたが、たくさんの行列ができていて乗るには1時間以上待たないとダメのようだったので、サンドイッチと飲み物を買って、近くの公園の芝生で休憩しながらダイヤモンドフラッシュを待ちました。

 

 
ダイヤモンドフラッシュ。
間近で見るとまたまたさらに美しい。パリの観光にかける意気込みが伝わってきます。これだけのことを毎日やるにはかなりのコストがかかるだろうけど、やっぱりこれ見たさに世界中から観光客が集まってくれると思います。日本もこれくらいの企業努力をせんと観光客はやって来てはくれません。余計なことだけど新婚旅行で二人だけで見たら一生の思い出になること間違いありません。やはりパリは花の都です。
このあと地下鉄でホテルまで帰る。途中サンジェルマンのビュッシ通りを通ったけど、道端のカフェは人でいっぱいでした。もう10時ごろです。なんかこれからさあ盛り上がろうかという雰囲気でした。パリっ子は宵っ張りです。
パリ3日目も無事終わりました。残すところあと1日になりました。


 

フランス旅行(4)

パリも3日目となりました。
ボクは例によって体内時計が日本のままで、夜中に目が覚めてしまい、仕方ないから風呂にゆっくり入ってそのあとまだ明けやらぬパリの散策に出かけることにしました。ホテルは24時間対応で夜中でもちゃんとフロントがいてくれて何時も朝5時頃にロビーに降りるといつも背が高い若いアラブ系のお兄さんが一人で仕事していました。去年も感じたのですが、夜勤とか早朝の時間帯に仕事するのは決まってアフリカ系かアラブ系の人たちです。この移民の人たちがフランスを支えてくれているのです。結局3日間とも早朝はこのお兄さんと会い、顔なじみになってボクのつたないフランス語で会話したりしました。彼はボクが下手くそでもフランス語しゃべるのが気に入ったらしく、サンジェルマンのことをいろいろ教えてくれました。記念にツーショットの写真撮っとけばよかった。


ホテルのロビーです。最終日のことになりますが、チェックアウトして夕方まで荷物を預かってもらったのですが。荷物は他の所にちゃんと保管してくれてたとばっかり思っていたら帰ってみたらこのロビーの一角に置いたままになっていてびっくりしました。アパルトマン形式なのであまりおかまいしないのはわかるけどちょっとなあ。
昨日は朝食のサービスがあったのになぜかこの日はないようだったので、散歩の途中でパン屋のジェラール・ミュロに行ってクロワッサンとパンオショコラを買ってきました。パリのパン屋さんは早朝から開いていて、出勤途中の人たちが立寄ってバゲットを買っていく姿をよく見かけました。その日の朝食か昼食にするのでしょう。クロワッサンとパンオショコラですがどちらも1ユーロ位です。パリは以外と物価が高いのですがパンだけは別です。安くてうまいです。ホテルに帰ってから皆で食べましたがクロワッサンはモチモチしていてうまかったです。
3日目のスケジュールです。
まずオルセー美術館に行って、そのあとボン・マルシェで日本へのばらまき土産を買って、サンジェルマンをショッピングした後モンマルトルと最後にエッフェル塔に行く。今日もタイトなスケジュールです。

オルセー美術館


朝食の後歩いてオルセー美術館に行く。それにしても今回の旅行はほとんど1日中歩いていました。
オルセー美術館前で並んで待っていたら高校生の団体が通り過ぎました。制服を着てないせいかも知れませんが、フランスの高校生は大人びています。そう言えば以前ロータリークラブの関係でオーストリアから来た高校の先生と話す機会があり、その中で日本の高校を視察に行った時皆同じ制服で同じ顔で全く区別がつかず驚いたと言っていました。どちらがいいという訳ではありませんが、集団での規律を重んじる日本と個人主義のフランス。違いがあるから面白いのかも。ところがこの高校生たち、待ってる間平気で煙草を吸っていて、しかも先生は咎めるどころか一緒に煙草吸ってたのには、さすがにびっくり。セ・パ・ポシーブル!



オルセー美術館。去年は写真Okだったのに今年は撮影禁止でした。それと今工事中のためかなりの絵が外に出ていて見たかったミレーやゴッホの絵のいくつかがなくてちょっと残念でした。それとルノアールも少ししななくてせっかくパリまで来たのにがっかりです。写真は松本さんが黙って撮った美術館内の大時計です。この後地下鉄でボン・マルシェに行ってばらまき土産をたんまり買いこみました。ボン・マルシェはパリで一番古いデパートで、別棟に食品館があり、ちょっと贅沢な食材が売られていて、パリ土産を買うにはうってつけのところです。他の皆もお菓子を中心にあれこれ買っていました。

 
レピグラム(L’Epigramme)



この日の昼食はホテルから歩いてすぐのレピグラムというビストロに行く。ガイドブックによればパリでも今が旬のネオビストロという謳い文句に乗せられて訪ねてみることにしました。
入口は以外と小さくてこれは食後に店のムッシュと記念に撮ったものです。

 

メニューです。フランス語のメニューはなかなか分かりにくいですが、この日のために勉強してきましたので、バッチリわかりました。一番上のEntree+Plat ou Plat+dessert ですが。Entreeは前菜,PlatはメインそしてDessertはデザートのことですouは英語のorのことなので、前菜とメインのセットかメインとデザートのセットが24ユーロということになります。その下は前菜、メイン、デザートのフルで28ユーロでした。そしてその下にあるものから選ぶわけです。ボクたちはEntree+Platのセットにしました。

 


前菜です。
ガスパッチョと野菜のコンフィ
ボクと別所さんが注文。ガスパッチョっ何のことかわからんかったのですが、後で調べたらスペインの冷たいスープのことでした。ボクにはトマトジュースに思えましたがさっぱりとしてうまかったです。

 


フォアグラとイチジク
松本さんと牧田さんが注文。フォアグラがパテみたいになっていておいしかったとのこと。

 


サーモンとアスパラガスのサラダ
伊藤さんが注文。読めない字があったけど写真見ればわかると思うけど、さっぱりとうまそうなサラダ。

 


ワインは店のムッシュがシャルドネがあると言ったので言われるままに深く考えもせずに注文。たしか22ユーロだったと思う。3人でたいらげました。メインが皆サカナだったのでちょうどよかったです。さっぱりしてうまかったけどもう少し冷えていたらもっとうまかったかも、まあ「パーマル」。と言ってもワインはどれ飲んでもうまいのでよくわかりません。

 


メインです。鯛のグリル。ボク以外の4名が注文。フランスの鯛は日本の鯛とは少し違う種類のようです。下に敷いてあるトマトは大きなものをスライスしてありました.。うまかったみたいです。

 

 


タラのロースト。ボクだけが注文。タラは日本で食べるのと同じ味でした。日本で食べるのもノルウェーあたりで獲れるので同じ味だわな。あっさりしてよかったです。小さなジャガイモの焼いたのが以外とうまかったです。この後デザートはどうしますか?と尋ねられたが、パンも食べたし小食の日本人はもうこれだけで十分なのです。でも、後でメニューをよく見たらデザートにリンゴのタルトがあったので食べてとけばよかったと後悔。

 


店のマドマゼルに撮ってもらう。店はテーブルが全部で6,7台で意外と狭くてラフな格好でも入れる気さくなビストロでした。右隣のテーブルでは初老のマダムたちがしきりにペチャクチャおしゃべりしながらデザートまで平らげていました。ほんとにフランス人はよくしゃべるしよく食べます。食事をとても大事にしているのがよくわかりました。パリも3日目になると皆だいぶ慣れてききました。

サンジェルマン


昼食のあとはサンジェルマンでショッピングでした。カフェはどこも昼間から夜遅くまで人でいっぱいでした。何回も書きますがフランス人は一体仕事してるの?
写真のカフェはサンジェルマンでも有名なレ・ドゥー・マゴです。記念にここでコーヒーを頼みました。サンジェルマンでは自由時間を作ってそれぞれバラバラになってショッピングに精をだしました。雑貨屋、文房具、チョコの店、マカロンのラデュレetc。ボクは嫁さんから頼まれていたバッグを求めてジュストカンパーニュという店に行く。カンパーニュは田舎の意味です。店は割と小さくて女性店員が一人いるだけですこし拍子ぬけしました。そこでお目当てのバッグをゲット。一応店のマドマゼルに「50才くらいのおばさんですが似会いますか?」と聞いたら「勿論お似合いですよ」という答えが返ってきました。野暮な質問でしたね。当然そう答えますよね。このバッグ、ちと高かったのですが、全部手作りで製品番号が刻印されていて世界で一つだけという振れ込みに惹かれました。家に帰った時、嫁さんに渡すとえらい喜んでくれて、よかった,よかった。ショッピングが終わったのがもう夕方5時頃になっていましたが、このあとはモンマルトルに行ってそして最後はエッフェル塔で締めとなります。
パリ3日目、まだまだ続きます。

フランス旅行(3)

パリ2日目の続きです。

ル・パン・コティディアン
オペラ座を出て歩いてマルシェ・サントノレの一角にある「ル・パン・コティディアン」というカフェ(?)で昼食にしました。ガイドブックによると「日々の糧」という意味だそうです。天然酵母のパンとBIO(オーガニック)の料理を出すそうで、どんな店なのかちょっと期待してました。

 
こんな店です。パリのどこにでもある普通のカフェのようですが、ちょうど昼食時でほとんどが近くのサラリーマンのようでした。テーブルにはワインの瓶がありさすがフランス、昼からワインを飲むというのは本当でした。

 

 
本日のメニューです。値段は10~11ユーロ。それぞれ3つを頼んでみました。

 


本日のスープ(キャロット)とタルティーヌと野菜サラダ  
とにかくスープの量が多い。容器はまるでどんぶりだった。伊藤さんは途中でギブアップ。温かいスープで美味しかったとのこと。

 


本日のキッシュ(野菜ミックス)
半分にカットした野菜のキッシュ。かなりのボリュームだったけど、牧田さんは完食。うまかったそうな。ちょっと食べてみたかったです。

 


ナスとチーズとトマトのタルティーヌ
ボクが注文。チーズがうまかった。

 


フランスではパンはどこでも無料で食べ放題です。ここの天然酵母使用のパンも勿論無料。噛みごたえがあっておいしかったですが、いかんせん腹一杯で少ししか食べれず残念。5名で飲み物も頼んで締めて77.4ユーロ。昼食を軽く済ませようと思うなら食事もヘルシーだし値段も手ごろでお勧めの店です。チェーン店のようでパリ市内に他にも何件かあるようです。

 

アンジェリーナ
昼食の後は今度はスイーツを食べに噂のアンジェリーナに行く。ここはパリでも老舗のカフェで、
モンブラン発祥の店だそうで、牧田さんが行きたがっていたのでチュイルリー公園そばの店まで勇んで出かける。

これが噂のモンブランです。とにかくデカイ。上にはどうだマイッタかというくらいにたっぷりのマロンクリームがそれこそモンブランの山のようにあって、中まで食べ進んでいくと今度もまたたっぷりの生クリームが入っていました。下の台はマカロンのようなものでしたが、とにかく巨大なクリームの塊でした。ボクはやっと完食できましたが、松本さん、伊藤さんはギブアップ。牧田さんは勿論完食で満足そうでした。コーヒーは一人づつ小さなポットに入っていてなかなかしゃれていました。モンブランが甘いので飲み物はなるべく苦めのコーヒーがいいです。モンブラン1個で6.9ユーロ。日本人には半分の大きさでも十分だったけどなあ。でもフランス人にはこれくらいの大きさでないと食った気がしないんだろうなあ。
このあと腹ごなしのために次の目的地のルイ・ヴィトンまではシャンゼリゼを歩くことにしました。9月のシャンゼリゼはまだ日差しが暑いくらいで、歩いていても爽快でした。

 

ルイ・ヴィトン
ルイ・ヴィトン本店はシャンゼリゼでもひと際目立っていました。ホー、ここがそうか。ここがルイ・ヴィトンの総本山かと思ってしまいました。


ルイ・ヴトン本店前で。店の前まで行くとこれまたビックリ。行列ができていて入場制限してるじゃないか!ボクはそれをみてもう帰りたくなったが、ボヤボヤしてると職員たちはいつの間にか列にならんでいた。仕方ないのでボクも列に加わる。それにしても改めてみると東洋人がなんと多いことでしょう。今更ながらルイ・ヴィトン様には驚きです。やはり世界のルイ・ヴィトンでした。ハハーッ。おそれいりました。

 
 

ルイ・ヴィトン店内。店内にも当然東洋人がいっぱいで日本語・中国語・韓国語が乱れ飛んでいました。年齢は大体20~30代がほとんどで、それに混じって妙齢のパリのマダムが少しいただけです。アジアパワー恐るべしです。おそらくお客の大半は単なる冷やかしでなくて、ちゃんと商品の目星をつけて来た人ばかりだったと思います。黙って撮っていたのでこのあと店員さんに「写真撮っちゃダメよ!」としかられましたので、店内の写真はこの1枚だけにします。ここではボクも留守番の職員から頼まれていた財布を買おうとしたけど、とにかく人が多くて店員さんにたどり着くだけで大変でした。またラッキーなことにちょうど旅行の時はユーロ安でなんと1ユーロ106円の時で、日本に帰ってあとで調べたら日本で買うより3割以上も安くてわざわざ行った甲斐があったというもんです。それにしてもここで働く店員さんたちにとっては東洋から団体でドカドカと押しかけてきて 商品に勝手に触ったりしながら、自分の給料でもなかな買えないものを簡単に買っていく人たちを見て一体どんな思いなんだろうか?このあともショッピングは続きジョルジュサンク通りのアニエス・べー、そしてモンテーニュ通りのデイオールへと向かいました。ボクは中に入る勇気もなかったので、その間外で道行く人をぼんやり
眺めてすごしました。というわけでショッピングも無事に終わり買い物袋で両手が一杯になったので、ひったくりがこわかったので、とりあえずバスを乗り継いでホテルに無事帰りました。

 

セーヌ川クルーズ
アンジェリーナで食ったモンブランが効いて全然腹減らなかったので、この日の夕食はスーパーのモノプリで軽食を買ってセーヌ川の川岸でピクニックとしゃれこんで、パリっ子気分をあじわいました。


シテ島の一番先にあたる場所です。ここの石畳に座ってセーヌ川を走る船なんかを眺めながらのピクニックです。ここにはパリっ子たちがたくさん来ていて、とにかく何かを食べるというより集まってしきりに話をしていました。パリの人たちは道端のカフェでも見かけましたが、男も女も話好きです。それも昼間っからカフェに陣取って話をして本当にちゃんと仕事してるのだろうかと思ってしまいます。
ボクが食べてるのは野菜サラダです。後ろはシテ島にかかる橋でポンヌフ。セー川からの風が心地よかったです。これで時刻は夜7時ごろ。このあと8時からのセーヌ川クルーズに乗ったのですが、日が陰って暗くなるととたんに気温が下がって船の上はとても寒かったです。

 


セーヌ川クルーズ。Vedettes du Pont Neuf(ヴデット・デュ・ポンヌフ)。セーヌ川クルーズは大抵がエッフェル塔の近くから発着しますが、この船だけはシテ島発着です。ホテルから歩いて3分のところに船着き場がありました。料金は日本でインターネットで予約しておいたので8ユーロ。現地で買えば11ユーほどします。それにしてもこんなクルーズの予約も日本で居ながらにしてできるなんて便利な世の中になったもんだ。ヴデットというのは後で調べたら人気者という意味でした。クルーズには日本人はボクたちの他にはいなかったよう。ボクたちが座ってた席の前はアメリカのそして横にはイタリアのカップルがいてさっそくお互い自己紹介しあっていました。写真は夕暮れ迫るオルセー美術館です。パリは夕暮れ時が一番美しくなります。そう言えばセーヌ川からの眺めは世界遺産になってましたね。

 


エッフェル塔は何時見ても絵になりますが、やっぱり夕暮れのエッフェル塔が一番です。東京タワーと違ってまわりに建物があまりないので、ひと際目立ちます。船はここで引き返してシテ島に戻りました。計1時間ほどのクルーズでしたが、前にも書いたように最後のほうでは段々寒くなってきて早く帰りたくなってしまいました。パリの夜は秋でも寒さ対策を忘れないほうが。
長かった2日目も終わりです。一日中歩きまわったものだから、牧田さんは靴ずれかなんかで、足がいたくなったよう。ホテルに帰ってボクは例のごとくそのままバタンキュー。すぐに爆睡でした。

 
 

 

フランス旅行(2)

フランス旅行、まだまだ続きます。なにせ、日頃はなかなか休みが取れず患者さんに迷惑かけると知りながら、思い切って実現した旅行です。しっかりとレポートします。
 ルーブル美術館
 2日目はまずルーブル美術館へ行きました。ホテルから歩いて10分もかからないので、セーヌ川を渡ってぶらぶらと歩いて行きました。ルーブルは展示品もさることながら建物そのものが素晴らしい。それ自体が美術品です。開館時間の9時前に着いて少し並んでからいざ入館。


最初に行ったのがミロのヴィーナス。去年行った時は途中迷ってしまいなかなかここまで辿りつけなかったのですが、今年は迷わず行けました。おかげで他にまだ誰もおらずほぼボクたちだけで、ヴィーナスを独占して、とても贅沢な時間を過ごせました。去年見たときは心なしか少しくすんでいたのに今年は白く輝いていました。2000年以上も前からずっと美しいままで、このあともボクたちが死んでからもこのまま永遠に美しいままでいいるのかと思うと少し妬けてきます。

 

 
サモトラケのニケ。階段を上がって行くとその先にニケ像がある。このシチュエーションがルーブルでは一番気に入っています。今年もちゃんとニケは待っていてくれました。

 


サモトラケのニケ。今回は近くでじっくりと見ました。舳先に立って風を受けて服が体にまとわりつき体の線が出てとてもエロチックです。この女神ニケさまは一体どんなお顔立ちだったのだろう。風をほほに受けて軽く目を閉じていたのか、それともカッと目を見開いて前を見据えていたのか。想像はどんどん膨らんでいきます。この女神もボクたちが死んだあとでもずっとここに立ち続けることでしょう。

 

 
ご存じモナリザです。ルーブルでは「La Joconde」と説明してあります。ジョコンド夫人です。まだ朝早くなのにもうこれだけの人だかりです。モナリザは防弾ガラスに守られて、ロープが張ってあり近くまで行けません。「あー、あれがモナリザか」という位にしか思えないのが残念。モナリザの絵そのものは本やテレビやその他で飽きるほど見てますが、それでも遠くからでもいいから本物を見たくなるのが人情です。それにしてもこのジョコンド夫人のリサさん、自分が死んだ後これだけ世界中の超有名人になろうとは夢にも思わなかったろうに。毎日たくさんの人にしげしげと見られて気恥ずかしいのかな、それとも反対にリサさん、毎日世界中からやってくる人たちを眺めて楽しんでるのかも。「よく来てくれたわね。そんなに私有名かしら?フフフ・・。」とでも思ってたりして。

 

  
ダ・ヴィンチ作「聖アンナと聖母子」 実はこれが一番見たかった絵です。去年はあまりじっくりと見れなかったので今年はもう間近でしげしげと見れました。幼子イエスと聖母マリア、そしてイエスのおばあさんの聖アンナ。聖アンナの顔がとてもいいです。やはりそれが神の子だとしても孫はかわいいもんでしょうね。それにしても男の存在がありません。所詮男はたんなる働きバチなのかも。ダ・ヴィンチはこの絵とモナリザそして洗礼者ヨハネの三点は死ぬまで手元に置いたのでこの絵もよっぽど気に入ってたのでしょう。まるでダ・ヴィンチがすぐ傍にいて、会話をした気がしました。
 このほかにもいろいろ見たのですが、なにせこの日はスケジュールがタイトでしたので、次のオペラ座に進みます。

 

 オペラ座

 
オペラ・ガルニエ。地下鉄の出口を出て地上に上がると目の前にオペラ座がデーンと構えていて、このロケーションが素晴らしい。去年初めて見たときは「オオー、凄い!」とちょっとした衝撃でした。今年も真っ青な空をバックに誇らしげに建っていました。よくよく見ると屋根の部分にも金色の彫刻あったのが今年初めて気がつきました。

 

 
オペラ座内部。映画「オペラ座の怪人」にも出てくる有名なエントランス階段です。今にもマスクをした怪人が現れそうです。とにかく内装が凝りに凝っていて絢爛豪華とはこのためにある言葉のようでした。

 

 
天井にまでまったくスキも見せず手抜きもせず凝った造りがしてあり、もう参りました。あっぱれです。だけど、これでもかこれでもかと豪華な内装を見せつけられるとだんだん麻痺してきて、少し食傷ぎみになってくるのが面白いです。
これでやっと午前の部は終わりです。このあと昼飯食って、デザートやショッピングそして締めはセーヌ川クルーズまで続きます。
        ・・・to be cotinued

フランス旅行(1)

 ご無沙汰してブログさぼっていました。9月18日から5日間ほど職員4名を連れてフランス・パリに旅行に行って来ました。この間2日休診になり何人かの患者さんにはご迷惑をおかけしました。
 今回の旅行はボクは2回目、職員のうち3名は初パリでした。今回はかなり気合を入れて準備しています。まず1年間かけてフランス語をみっちり勉強しましたし、次にパリの地図も隅から隅まで調べ上げて、特に地下鉄とバス路線なんかは東京よりわかるようになりました。さらに職員と一緒のため主な観光地のほかにシャンゼリゼなどのブランド店、気軽に入れるレストラン、おいしいスイーツの店なども半年かけて丹念に調べ上げ準備万端で勇んで出かけました。
 フランス語はしゃべれるにこしたことはありませんが、基本の5つの言葉さえ言えたらなんとかなるなと、帰ってから思いました。その5つの言葉です。 「ボンジュール」「メルシー」「オヴァー」「エクスキュゼ・モア」「シルブプレ」の5つです。前の3つはよくわかると思いますが、「エクスキュゼ・モア」は英語の「エクスキューズ・ミー」で相手に話しかけるときに必要です。最後の「シルブプレ」は英語の「プリーズ」に相当して、何かが欲しい時には、欲しい物の後にこの「シルブプレ」を付けると大体通用しました。他のフレーズとしてできれば「How much?」の意味の「セ・コンビアン?」と「What is this?」の「ケスクセ?」があれば少なくともパリの中心では十分に事足ります。

    

成田空港にて  

   出発前の成田空港です。まだまだ、余裕たっぷり。これから12時間のフライトはさすがに50過ぎのおっさんにはこたえましたが、職員は思ってたほどじゃなかったと言ってたのでやっぱり若いもんはいいなあ。     

 ホテル Citadines Pris Saint-Germain-des-Pres(シタディーヌ・パリ・サンジェルマン・デ・プレ)

ホテルです。サンジェルマンのセーヌ川沿いにあり、ルーブルやオルセーそれにノートルダム大聖堂には歩いて行ける絶好のローケーションでした。ここに5名で3泊して計21万でしたから、1人1泊14000円くらいなるからちょっと高かったかな。パリのホテルの相場はようわかりません。アパルトマン形式のホテルだったので部屋には調理器具やら電子レンジやらスプーン、ナイフ、小皿などが揃っていて簡単な調理ができるようになっていましたが、全く使いませんでした。しばらく滞在してホテルご飯もする人には最適ですが、今回は別に普通のホテルでもよかったかも。ホテルのフロントは英語はOKだけど、日本語はまったく駄目で、チェックインで苦労しました。英語もちゃんと勉強しとけばよかった。ホテルの正式な名前は「シタディーヌ・パリ・サンジェルマン・デ・プレ」です。   

    

 AU CHAI DE L’ABBAYE(オ・シェ・ド・ラベイ)

夜7時ごろホテルについてさっそく晩飯食べにサンジェルマンに出かけました。日曜日なのであまりやってなかったのですが、前もってチェックしておいた「オ・シェ・ド・ラベイ」というレストランに入りました。レストランといってもカジュアルなビストロという雰囲気の店で、旅行者がふらりと入っても全然違和感がない店でした。ホテルから歩いて3分ほど。セーヌ通りの一角にあります。 ABBAYEは「大修道院」の意味 。 

  

  

  
ここでは、シューファルシーというでっかいロールキャベツが有名だそうで、さっそくそれを注文。
 やっぱりデカかった。これと他に鴨のコンフィとチーズを頼んでみんなでシェアして食べる。シューファルシーは噂にたがわず旨かったです。おすすめです。料金は11ユーロ。他に頼んだ鴨のコンフィはまあこんなもんかなと思うくらいで、やはりこの店のおすすめは「シューファルシー」です。ちなみに「シュー」は「キャベツ」のことで、中にはひき肉がたっぷり詰まってました。本当にロールキャベツです。   

 凱旋門  この後、地下鉄で凱旋門まで行く。夜のライトアップされた凱旋門はやっぱり立派でした。高さが50mはあるのに離れた所から見るとそれほど大きく感じないのが不思議です。凱旋門の屋上までは内部にある長い長いラセン階段を上がっていきます。長旅で疲れていて、上まで上がるのにこたえました.    

  
凱旋門の屋上に上がるとその日はちょうど満月でエッフェル塔とのツーショットが撮れました。去年も凱旋門に行きましたが昼間のパリしか見なかったので、今年は夜景を満喫。夜のパリは美しい。   

    

   
ダイヤモンドフラッシュ。毎定時になるとライトアップされているエッフェル塔が5分間だけダイヤモンドのように煌めきます。この日も9時ちょっと前に凱旋門に上がれましたので、運よく見れました。その素晴らしさはやはり実物を見ないとピンと来ないかもしれません。職員は感激してたようでした。   

夜のルーブル 凱旋門からの帰りは地下鉄にまた乗って、ルーブルで降りて中庭へ。夜のルーブルは幻想的でガラスのピラミッドは昼よりはるかによかったです。人もアベックが少しいるだけで、ボクたちだけで夜のルーブルを堪能できました。    

芸術橋    

セーヌ川に架かる芸術橋を渡ってセーヌ左岸へ。
 ここは歩行者専用の橋で、夜になるとパリッ子たちが集まってきてここでピクニックをやると聞いていたので、本当かな思ってましたが、やっぱり本当でした。もう夜10時頃になるのに橋の上には人で一杯でした。アベックあり、仲間で酒盛りする人あり、ただのんびりと座ってだべっている人ありで、ちょうど日本の花見の雰囲気と似ていました。去年泊ったモンマルトルあたりは夜になると物騒になって出歩くのがちょっとこわかったのですが、さすがセーヌ川あたりは治安がとってもよかったです。
 ホテルには10時半ごろに着く。日本は朝の5時ごろ。ボクなんかもう起きてる時間です。だからすぐにベッドに入ってバタンキューでしした。
 ところが年取ると体内時計を調節できないらしく、夜中の2時頃には目が覚めてしまい、仕方ないので日記書いたり、風呂入ったり、まだ夜明け前のサンジェルマンを散歩したりして朝が来るのを待ちました。
 とりあえずパリ1日目が終わりです。7時間の時差があるからこの日は1日が31時間も使え、なんか得したような気がしました。昔、「パリに行きたし、されどパリは遠し」と言った文人がいましたが、パリはいざ来てみると割と近いというのが実感です。それと日本人特に女性に人気があるらしく、パリに関する情報はあふれるほどあり、今回も前もってしっかり勉強させてもらいました。
 2日目以降はまた報告します。とりあえず1日目はこれまで。
  

    

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