辻田家の謎

辻田家の謎

改めて自己紹介します。辻田哲朗です。電話帳で見る限り米子市には「辻田」はボクのとこだけです。生まれは長崎県佐世保市で、高校までそこで過ごしました。辻田姓は佐世保でもあまりありません。父は佐賀県嬉野町、母は鹿児島県枕崎市の出身でした。その辻田のルーツについてホスピタウン便りvol.29 (平成13年4月号)に書いています。
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「辻田」という姓は米子では勿論、鳥取県の中でもあまり見かけません。ボクは長崎県佐世保市の生まれです。そしてそこでも辻田姓はほとんどありませんでした。もう亡くなったのですが父は佐賀県の嬉野町というところの出身でした。そこは山あいの温泉町で丁度三朝温泉に似ています。そしてその町からさらに山奥に入った車一台がやっと通れる位の狭い道を辿って行った小さな部落が父の生家でした。父とそして母の墓もその部落にあり、墓参りに行くのにとても苦労します。そしてまたその部落の人達はほとんど辻田姓です。小さい頃からなんでこんな人里離れた所にわざわざ住んでいたのだろうと不思議に思っていました。父はなぜかこの部落のことはあまり話してくれませんでしたが、最近になっておじにあたる人がその部落のいわれについて話してくれました。それは今をさかのぼること400年ほど前に長崎あたりにいた隠れキリシタンの信者たちが迫害から逃れて来て山奥のこの地まで辿り着きいつしか土着して、そして代々人目を避けてひっそりと暮して来た人達の末裔がその部落の住人だったのだと。そして明治の世になり苗字が許されるようになった時に、自分たちがかつてキリシタンだったということを後々まで伝えたいために、苗字を「+」に「 」の「辻田」にしたのだと。辻田という苗字の中にこんな意味が込められていたのかと思うと驚きです。おそらく先祖の人達はキリシタンとして迫害を受け、また部落で暮してもおそらく周辺の人達から差別を受けたりと苦難の道を歩んで来たことでしょう。それを思い巡らすと自分の先祖の人達にいとおしさと懐かしさがこみあげて来ました。
そのせいかどうかわかりませんが、ボク自身キリスト教にはとても興味があり学生時代には教会に足を運んだこともあり、聖書も所々ですが読んでもみました。キリスト教の教えは一言で表現すれば「愛」です。これは聖書の後半にパウロという伝道師が残したいくつかの手紙に切々と書かれています。その中でもコリント人への第一の手紙13章でパウロはその愛について熱っぽく語っています。もし聖書を手にする機会があれば是非読んでみて下さい。聖書の中でも一番気に入っているところです。
毎日何回も言ったり書いたりしている「辻田」のルーツを考えると、今自分がこうして生きているのも先祖の人達がいてくれたからこそとあたりまえのことですが、ともすれば日頃は忘れてしまっていることを思い出させてくれます。
御先祖の皆さん、ボクはあなた方のおかげで元気でガンバッテますヨ!

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